COLUMN

室屋義秀ロングインタビュー(後編)

空への想いを繋いでいく
航空の未来への挑戦

Photo by Yusuke Kashiwazaki

再びやってきた試練の時

2019年にレッドブル・エアレースが終了し、翌年には、新型コロナウィルスの流行で、世界中が大変な困難に見舞われましたね。

通常であれば、春頃から全国各地でエアショーが始まる予定でしたが、新型コロナウィルスの影響によって、予定されていたイベントは全て中止になりました。コロナ渦で外出できない状況が続く中、飛行機を使って何か皆さんの役に立てないかということで、飛行機のスモークで空にニコちゃんマークを描く「Fly for ALL 大空を見上げよう」フライトを始めました。

このプロジェクトは、うつむきがちになる状況も多い中、ほんの数分でも空を見上げることによって、少しでも気分をリフレッシュしてもらえたらという想いで、福島県からスタートして、2022年10月までに12都府県で112個のニコちゃんマークを描いています。

Photo by Taro Imahara

2010年のエアレース中断の後も、東日本大震災と原発事故という大きな困難がありましたね。

2009年にエアレースデビューしましたが、翌2010年にレースが突然休止になり、茫然としていたところに、2011年、大震災と原発事故に見舞われました。活動拠点の福島も大きな被害を受け、「もう活動は続けられないのでは」と本当に途方にくれました。

困難なときは一生懸命這い上がろうとしてもなかなか上がることが出来ず、精神的にも辛くなりますが、2010年から始めていたメンタルトレーニングで、「そういうときはギリギリ低空飛行をしながら上昇気流を待つ。そうしていると、どこかのタイミングで上がっていけるから」と教わったので、「今はそういう状況だろう」と考えました。

また、「どん底にいるときにこそ基礎を積み重ねることが大事だよ」ということも教わりました。当時は「それは余裕があるから言えるのでは」と思いましたが、半信半疑ながらもエアレースが再開されることを信じて、身体づくりの基礎トレーニングをはじめとして、やれることは全部やりました。

基礎的なことを行っても、すぐに効果を感じられるわけではありません。しかし、3年間の基礎トレーニングを経て、2014年にエアレースが再開されたときには、これまでと感触が全然違っていました。2010年はただ必死に飛んでいる感じでしたが、2014年は「行けるかも」という感触と、「技術的に何が足りない」とか「マシンの性能がもっと必要だ」といったことが自覚できるようになっていました。どん底の時の過ごし方をいろんな人に教わって、色々と考えて、計画を入念に積み上げて実践した結果、ワールドチャンピオンに繋がりました。

現在はエアレース再開に向けた準備だけでなく、様々なことに取り組んでいますね。

2021年に、これまでアスリートとして培ってきた経験を活かした新たな構想「VISION 2030」を発表しました。具体的には、スポーツ航空の活動を基軸に、地元福島への「地域貢献」と航空分野の「産業創造」、そして未来を担う子どもたちへの「マインド教育」それぞれの活動を相互に連動させながら、「ワクワクする未来創り」を行っていく活動です。

「未来の自分を見つける教室」空ラボ

VISION 2030の要素の一つである、子どもたちへの「マインド教育」活動として行っているのが「空ラボ」です。「空ラボ」は、自分の心が求める、やりたいことを見つけ、自ら目標を設定し、達成するプロセスを学ぶ、小学3年生から中学2年生を対象にした全5回の連続プログラムです。プログラムの初回に、子ども達が『楽しいこと』『興味があること』『やってみたいこと』などの意見を出し合います。出し合った意見をみんなで議論して、全員が納得する方法で目標を決定し、残り4回で達成までのプロセスを計画し実行していきます。そして5回目は成果発表会。自分たちで決めた目標を成果として、保護者の前で発表します。

このプログラムを考えたきっかけは、エアレースや曲技飛行競技で世界一を目指して色々な試行錯誤や挑戦、失敗を繰り返してきた中で、この先の未来をどうやって作っていったら良いかという事に想いがおよびました。

例えば、私たちはレースチームとして世界を舞台に戦っていますが、このエネルギーやモチベーションの源泉は「面白いから」に尽きます。世界でトップを取りにいくためにチームを組み、いろいろな人と協働して挑戦しています。子どもたちにも、まずは自分の興味、関心を広げて、好きなことを見つけて、他者とコミュニケーションを取りながら物事を進めていく中で、自分の役割や能力に気づいてほしい。そういう願いを込めてプログラムを組み、連続講座として「物事を達成するプロセス」を実感できる場にしています。

若年層パイロット育成システム
ユースパイロットプログラム

ユースパイロットプログラムという活動もしていますね。

このプログラムは、15歳以上のユース世代をクラブ生として、約1年間でモーターグライダー(動力滑空機)の自家用操縦士の免許取得を目指すもので、2020年夏にスタートして、第一期生の高校生3名が厳しい訓練を経て、全員見事、国家試験に合格しました。車の免許を持っていない高校生が、一人で空を飛んでいますよ(笑)。空を飛んでいるときは、離陸から着陸まで全て自分の責任で完結させなければなりません。そういう状況と経験から、自分自身を律するようなメンタリティも副次的に身に付きます。

参加者は素晴らしい経験ができるプログラムですが、室屋さん自身にとって、やりたかったことは何なのでしょうか。

航空の世界を啓蒙したい、という思いが、だんだん歳とともに強まってきました。自分は飛ぶことができますが、これを継続するためには、優秀な若い指導者が各地に存在することが極めて重要ではないかと考えました。そして若い指導者を増やすためには、早い段階から早いステップでトレーニングする必要があります。16歳か17歳で自家用操縦士になり、経験を積んで20歳ぐらいで教官のライセンスを取る、というぐらいのイメージです。

そのためには、訓練効率も重要です。エアレースの競技前のトレーニングでは、少ない飛行回数であらゆる情報を取り込んで飛行精度を上げていかなければなりません。このプログラムでも、教官がどこに注目して、どういう準備をすれば良いかというエッセンスをカリキュラムに取り入れるだけで、訓練効率は全然違います。トップアスリートの教育プログラムを参考に、操縦教育を徹底的に見直して、20才程度で教官免許を取得し、全国各地で活躍する指導者を生み出すのが目標です。

Photo by Suguru Saito

学生たちと作って飛ばす
本物の飛行機

学生たちによる軽量飛行機(LSA:Light Sports Aircraft)の製作も始まりましたね。

2021年に福島県と「産業を担う創造的人材育成」の連携協定を結んで、福島県立テクノアカデミーの学生と一緒にエアレース機の部品(インテークマニホールド)を開発製作する「リアルスカイプロジェクト」を実施しました。学生たちが設計から製作まで試行錯誤しながら1年間かけて取り組み、完成させたパーツを機体に取り付け飛行し性能評価を行い、見事プロジェクトを成功させました。

その第二弾として始まったのがLSA製作プロジェクトで、テクノアカデミーの学生たちが、人が乗って飛ぶ本物の(軽量)飛行機を作って、実際に飛ばすことを目指して取り組んでいます。学校から2km程離れた場所に、震災復興の一環で建設された福島ロボットテストフィールドという施設があり、そこには500mの滑走路もあるので、作った飛行機をそこで飛ばせると思って。今年から製作を始めて、3年間で完成させる予定です。学生の製作過程を航空整備士がサポートしています。

学校のカリキュラムで学生が本物の飛行機を作る 日本ではあまり聞いたことがない取り組みですね

最初は「学生が飛行機を作るのは無理でしょう」「作っても飛ばすのはやめましょう」という意見もありました。でも僕らから見れば、実際に飛ばさない飛行機はプラモデルを作るのと同じです。精度とか安全管理とか、本当に人が乗って飛ぶからこそ絶対的に必要とされるものです。産業を担う人材育成プロジェクトで、飛ばさない飛行機を作るのでは意味がないと考えて、実際に飛ばす飛行機を作ることにしました。

製作している機体は組み立てキットとして販売されているもので、海外では学校のカリキュラムでも実際に活用されている実績があるものです。組立だけと言っても、我々が飛行機を作るときと同じ手法で作るので、飛行機製作の基礎を肌で感じてもらえると思います。

福島県を次世代航空の城下町に

ふくしま次世代航空戦略推進協議会(FAS)という活動もされています。

空ラボやユースパイロットプログラム、リアルスカイプロジェクトは「人を育てる」活動ですが、FASは「産業を育てる」活動です。せっかく人を育てても、就職先になる産業がなければ別の地域へ行ってしまう。人を育てるのにも時間がかかりますが、産業を育てるにも時間がかかります。そこで、福島県を拠点にドローン(無人航空機)やeVTOL(電動垂直離着陸機)など次世代航空機の研究開発に取り組む民間企業の仲間たちと、福島県を次世代航空分野の先進地に成長させることを目的としてFASを立ち上げました。

仲間を集めて行動する 産業創造のお手伝い

次世代航空機を開発するためには、試験飛行ができる場所が必要です。そこで福島県内に、規制を緩和する特区を設定したり、他の飛行機が入らない試験空域を確保し、インフラも整備して、ここで開発を進めてもらう。さらに製造拠点も作ってもらおうと考えています。

特に福島県内では浜通りを中心にイノベーションコースト構想という国家プロジェクトが進んでいて、すでに多くのインフラが稼働しています。そのインフラを基軸として優秀な人材を受け入れる社会の基盤を整備する、これこそがわれわれ大人が担う大事な役割だと思います。数十年スパンで世界を視野に入れて、何が未来に寄与するかをみんなで考え、行動しながら、福島県の航空宇宙産業の集積に協力していきたいと考えています。

Photo by Yusuke Kashiwazaki

VISION 2030が描く未来

室屋さんが考える、未来の航空のビジョンはどんなものですか。

私は航空スポーツ一直線の人生の中で、世界で勝つためには何が必要なのか、さまざまな人から多くのことを学んできました。そして年齢を重ねるにつれ、そのノウハウを次の世代に伝え、将来の日本の航空界を担う若い世代を育てたいと思うようになりました。

子どもたちには可能性に満ちた未来があります。私たち大人の役割は、子どもたちがやりたいこと、好きなことに挑戦できる場を用意し、現実につなぐことです。そうしてつなげた先に産業がなければ、それもまたつくる。子どもたちが生き生きと活躍できるフィールドを先手を打ってつくっていくことが、私たち大人の重要なミッションなのだと思います。

小中学生対象の『空ラボ』、若年層向けパイロット育成『ユースパイロットプログラム』、産業人材育成『リアルスカイプロジェクト』などの実践をつうじて、VISION 2030の中心軸となる「創造マインド」を持った人材を育てながら、企業や国、自治体と連携して人材が活躍する産業も育てていく。チャレンジを基軸に、これらの活動を進めることで、航空界をはじめ、社会に広く貢献できると考えいます。

エアレースで戦いながらできることには限界がありましたが、2019年にエアレースが中断して、これらの取り組みにより多くの時間を割けるようになり、その芽吹きが今来ている感じです。僕らが得意とする航空スポーツを基軸にした様々なプロジェクトをベースに、色々な仲間たちと一緒に、世界一を目指す中から学んできたノウハウを社会にフィードバックする活動を続けていきたいと思います。

 

 

Interview & Text by Tsuyoshi Ohnuki

 

 

≫室屋義秀ロングインタビュー前編はこちらからご覧いただけます。

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